【解説】イギリスの陪審員制度について(日本の裁判員制度との違いについて)
【解説】イギリスの警察と検察の仕事(イギリスにおける刑事司法手続(事件捜査から評決に至るまでの過程)について)
【解説】イギリスの検察組織について
イギリスは、陪審制度発祥の国です。その起源は古く、13世紀にまで遡りますが、元々は巡回裁判の際に、その地方の市民が12人集まって前回の巡回裁判以降に発生した事件の被疑者を裁判官の前に差し出し(告発)、それぞれの市民が事情を知らない巡回裁判官に対し、その被疑者が間違いなく犯人であることを証言するといった形態でした。事実認定者というよりはむしろ証人の役割を担っていました。その後、事情を知らない市民が陪審員となり、陪審員以外から事情を知っている証人を呼び、陪審員は専ら有罪か無罪かの認定をするという役割となり、現在の事実認定制度としての陪審制度が形成されたのです。
陪審員は、選挙人名簿から無作為に選ばれ、ひとつの事件の陪審員は12名です。審理にあっては、陪審員が証人や被告人に尋問することはできず、専ら審理経過を見て有罪か無罪かを評決します。評決は全員一致を要します。また、イギリスの陪審員は量刑の判断には関わりません。
日本の裁判員は、ひとつの事件について6名が選任され、3名の裁判官と一緒に裁判の全過程に関わります。その意味で、イギリスやアメリカの陪審制よりもドイツなどの参審制に近いです。日本の裁判員は有罪か無罪かだけでなく、量刑についても判断します。また、法廷で証人や被告人に質問することもできます。評決は裁判員と裁判官の過半数の賛成で可能です。但し、被告人に不利な判断をする場合、少なくとも裁判官1人を含まなければ不利な判断ができません。
イギリスでは、伝統的に私人訴追制度が採られており、警察を通じて「私人」が訴追するという考え方が基本にあります。全国的な国家組織である検察庁(Crown Prosecution Service,略して「CPS」)に捜査権限及び訴追権限はありません。イギリスでは、被疑者の身柄を拘束できるのは、通常24時間、重罪事件で36時間、テロ等の特殊事件でも最大96時間で、その時間内に警察が起訴するか、注意処分等だけして釈放するかを決めなければなりません。イギリスでは、逮捕はそのほとんどが無令状です。また、警察には事件処分権限もあり、起訴のほか、注意処分、譴責処分等があります。また、警察が保釈権限をもっています。一方、日本では、検察官のみが事件処分権限を持ち、警察にはありません。また、日本では、保釈は起訴後に初めて認められ、保釈許可権限は裁判官のみ有しています。
イギリスでは、通常、逮捕の翌日には起訴されます。起訴後、多くは起訴翌日に治安判事裁判所(Magistrate Court)にて答弁手続が行われます。そして、答弁手続において、有罪答弁をした被告人については、その後、CPSスタッフが事案の概要、証拠、前科等を口頭で簡単に説明し、被告人やその弁護人が情状に関して意見を述べた後、治安判事が即決で判決言渡しをします。この間、わずか10分位で終了してしまいます。但し、前科があるなど実刑かどうかが微妙なケースでは、保護観察官に嘱託して判決前調査を実施するので、その報告書が完成するまで約3週間判決言渡しが延期となります。一方、無罪答弁をした被告人の場合、保釈の継続や法律扶助制度について審議され、裁判の期日(約28日後くらい)が指定されます。軽微な犯罪では無罪審理は陪審裁判ではなく、治安判事のみによる審理が行われます。その審理も多くは1日にまとめて証人尋問が実施され、即決で判決が言い渡されます。
これに対し、殺人、強盗、強姦等の重大犯罪の場合は、治安判事裁判所に管轄権がなく、刑事法院(Crown Court)が管轄を有します。この場合、治安判事裁判所では答弁は行われず、付託の正当性や保釈について審理されるだけで、事件は刑事法院に舞台を移します。アメリカのような予備審問や大陪審はありません(廃止されました)。付託後、CPSスタッフによって正式起訴状案が作成され(起訴から28日以内)、刑事法院に送付され、それに書記官がサインして正式な起訴状となります。
刑事法院の審理では最初に答弁手続が行われ、有罪答弁をした場合、直ちに判決手続に入り、事案によっては、判決前調査が実施されて、3週間後に判決となります。無罪答弁をした場合には、その後、公判前の準備手続とともに陪審員選任手続が行われ、本格的な陪審裁判となるのです。審理ののち、陪審員は評議し、有罪か無罪かの評決を下します。有罪評決の場合、判事による量刑手続に入り、重罪事件では判決前調査がなされ、その報告書の提出を待って評決の約3週間後に判決となります。判決には、陪審員は全く関与せず、検察側バリスタには求刑権能はありません。
イギリスにおいて日本の検察庁に相当する機関は、CPS(Crown Prosecution Service)です。ロンドンとヨークに本部が置かれ、全国の警察署の管轄に応じて42のCPSが置かれています。また、各警察署には当番CPSが常駐しています。CPSの職員はそのほとんどがバリスタ(法廷弁護士)又はソリシタ(事務弁護士)の資格を有していますが、資格を有しないケースワーカーも数多く働いています。CPSと日本の検察庁の大きな違いは、その権限が限定的だということです。CPSは公判専従の組織です。つまり、日本の検察官のように自ら捜査をし、警察を指揮する権限はなく、起訴権限もありません(但し、警察が起訴した後に訴追を打ち切る権限はあります)。しかも、公判専従と言っても、軽微事件を扱う治安判事裁判所での立会に限られ、殺人等重罪を主に扱う刑事法院では、主役はカツラをかぶり法服を着たバリスタです。CPSは、「事件内容説明書」を作成して事件をバリスタに依頼・嘱託し、法廷ではそのバリスタが訴訟追行をするのです。CPSはバリスタの後ろの席で、証言内容を筆記したり、バリスタに指示されて記録を手渡したりするようなサポート役に徹します。
CPS所属のバリスタが法廷で活動することはあり得ますが、イギリスのCPSの権限は限定的で、起訴権限を独占し、警察への一般的具体的指揮権を有している日本の検察官とはかなり異なります。
監修:中村勉(弁護士法人 中村国際刑事法律事務所 代表弁護士)