ER 緊急救命室,/line/er/
1990年秋に米国で発売された1冊の雑誌が、いま筆者の手元にある。TVの新番組を特集した号だが、そこで後の"Beverly Hills, 90210"(「ビバリーヒルズ高校・青春白書」の原題)がまだ仮題の"Class of Beverly Hills"のまま紹介されているのが、今となっては意外だ。高級住宅街、ビバリーヒルズのジップ・コード(郵便番号)で、「ビバヒル」の大成功のおかげで世界一有名な郵便番号になった"90210"が、当初タイトルに入っていなかったとは......。
「ビバヒル」がBS放送で日本上陸したのは1992年6月1日のこと。1990年代を代表する海外ドラマ「ER 緊急救命室」が日本上陸したのが1995年だったことを思うと、日本の衛星放送史上で初めてヒットした海外ドラマが「ビバヒル」だと言っていいだろう。
「ビバヒル」は95年4月から地上波でも放送され、日曜深夜の番組としては記録的な高視聴率をマークしたと当時聞いた。何より、BSに続いて地上波の"全国区"でも支持されたことで、「ビバヒル」は後の海外ドラマ・ブームを牽引する貴重な役割をはたした。
番組終了後も日本では、2007年の「R-1ぐらんぷり」でなだぎ武が番組の名キャラの1人、ディラン・マッケイを物真似して優勝し、現在までブレイクしているのが記憶に新しい。実際のディランは自転車になんて乗っていなかったが(笑)。ちなみに友近演じるキャサリンはオリジナルのキャラだが、ディランの嫉妬深い恋人、ブレンダの特徴をきちんと盛り込んでいて、「ビバヒル」を知るファンにとっても納得の好キャラだ。
さて、TVドラマとしての「ビバヒル」もまた、あらためて考えるといかに唯一無比の番組であったかを思い知らされる。まず、TVドラマの傾向に関して日本に先んじる米国だが、実は青春ドラマというジャンルで成功した番組は「ビバヒル」の前にほとんど無かった。CBS、NBC、ABCという3大ネットワークに寡占された時代、米国ではどんなTVドラマもファミリー向けが基本であり、コメディ・ドラマで若いキャストが注目を集めることはあっても(これらの中には無名時代のトム・ハンクス、ジョン・トラヴォルタ、マイケル・J・フォックスらがいる)、作品自体が若者の生活を見つめて成功した例はなかった。やはり無名時代のジョニー・デップが出演した「21ジャンプ・ストリート」も学園ドラマの要素があったが、これのジャンルはあくまでポリス・アクションだった。
そして「ビバヒル」を製作総指揮した米TV界の大物プロデューサー、故アーロン・スペリングは後に「ビバヒル」についてこう振り返った。「(娘であり出演者の)トリへのファンレターに一番よく書かれていたのは"私も貴方たちのような友だちがほしい。私の友だちも貴方たちのように親密だったらなぁ"。これが「ビバヒル」のすべてを言い表している」と。そう、「ビバヒル」は世界中の若者たちをつなぐ最高の友だちになったのだ。
そんなスペリングだが、本作を若者向けの青春ドラマにとどめようという意志はなかったに違いない。ビバリーヒルズで暮らす若者たちを描くドラマを作らないかと全米FOXネットワークに尋ねられたスペリングは、当初この誘いを断ったが、「地方のミネソタから引っ越してきた兄妹(ブランドンとブレンダ)を主人公に、彼らの視点から描く」と聞いて申し出を引き受け直し、プロデュースを手がけることになった。これは筆者の想像に過ぎないが、本物のビバリーヒルズを知るスペリングだからこそ描きづらいビバリーヒルズという題材も、ブランドンとブレンダという探偵コンビの視点からまるでミステリーのように描けるなら、普遍的なヒット番組に仕立てられると考えたのではないだろうか。ブランドンとブレンダは、スペリングの旧作であり、やはりヒット番組だった「チャーリーズ・エンジェル」の"エンジェル(天使)たち"だったと考えられないか。
ビバリーヒルズの人々の豊かだが堕落もつきまとう生活も、ビバリーヒルズの外からやって来たブランドンとブレンダの視点からなら客観的に見つめられる。こうして視聴者のリアルな視点により近づくことで、「ビバヒル」はグローバルな秀作に洗練されていった。
実際、初期の「ビバヒル」は、若者たちの恋や友情を描くにとどまらず、エイズ、ドラッグ、アルコール、銃所持、不法移民などの社会問題から、高校生たちの家庭の問題まで、取り上げるテーマは幅広く、青春ドラマに収まらないほどのキャパシティがある。後期の恋愛中心の展開しか知らないファンは、ぜひ今回の放送で番組の原点を知ってほしい。
こんな裏話がある。スペリングは登場人物の1人、デビッドがピアスやイヤリングを付けるのが一時的な流行に過ぎず、地方局などで再放送される際、古臭く見えないかとスタッフたちに警告した(再放送の放送権料は製作会社にとって重要な収入だから)。しかしスタッフたちは「これは只の流行でなくファッションとして定着する」とスペリングを説得。結局、この判断は間違っていなかった訳だが、優秀なスタッフを信じてそれに賭けたスペリングの名プロデューサーぶりがうかがえるエピソードではないか。
今からでもその底力を確かめられる。「ビバリーヒルズ高校・青春白書」が只の流行り物でなく、時代をリード野心作であることを、今回のスーパー!ドラマTVでの放送で体験してほしい。
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