9月のスーパー!ドラマTVの目玉は、筆者もお薦めの「アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件」だ。1994年に起きた“O・J・シンプソン事件”とは、元プロアメフト選手のシンプソンが元妻ニコールとその男友達を殺したと疑われたスキャンダル。シンプソンは逮捕されないようロサンゼルスの公道を2時間、車で逃亡し、当時このカーチェイスは日本のニュース番組でも大きく取り上げられた。だからか、“悪いことをしていないなら逃げない”という正論を振りかざし、最初からシンプソンが犯人だと決めつける人が世界中で多数派を占めた。
しかしこのドラマはシンプソンの逃亡→逮捕→裁判という史実を全10話も使い、丁寧に、より掘り下げて再現。製作総指揮の一人で、第1話など計4話を監督したのはライアン・マーフィー。青春ドラマ「glee/グリー」を成功させたかと思えば、正反対の恐怖ドラマ「アメリカン・ホラー・ストーリー」もヒットさせた、全米ドラマ界の鬼才中の鬼才だ。彼が手掛けるドラマは多彩さを増し続けていて語り尽くしづらいが、マーフィーは同性と結婚している男性であり、時に社会的少数者(マイノリティー)へのシンパシーを猛烈に押し出す。
本作でマーフィーは、シンプソンがアフリカ系なので当局に嫌われた上、世間に偏見を持たれたのではないかと問題提起する。一方、並行して、芸能界でも活躍した(皮肉にも映画「裸の銃を持つ男」シリーズでは刑事役だった)、成り金系セレブ、シンプソンの歪んだ一面にも斬り込む。本当のドラマは伝説のカーチェイスの後に始まっていたのだ。
エミー賞とゴールデングローブ賞のダブル受賞も納得で、最終話まで見逃せなくなる大傑作だ。ちなみに「アメリカン・ホラー・ストーリー」と同様、各シーズンで異なる物語を描くドラマになりそうだが、今年のエミー賞で最多ノミネート数を獲得したシーズン2「アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺」も大いに驚愕させられる快作!
【アメリカTVライター 池田敏 2018/08/31】
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