ブレイキング・バッド

エミー賞、ゴールデングローブ賞など、数々のアワードを受賞!
全米で社会現象を巻き起こした衝撃の傑作ドラマ

コラム

映画×TVシリーズ、究極の進化系

2013年に完結した「ブレイキング・バッド」は、アメリカのTVドラマ史において、という以上に、アメリカのエンタメ史を語る上で欠かすことのできない稀有な作品となった。本作の評価は現時点で既に輝かしいものではあるが、その真価はいまだ語り尽くされていないのかもしれないとも思う。

 高校の化学教師が違法ドラッグを密造・販売するという大胆な設定のブラック・コメディとして幕を開けた本作は、不朽の名作『ゴッドファーザー』シリーズにも匹敵する、あるいはシェイクスピアの悲劇を彷ふつとさせる人間の言動をめぐる因果、人間の業の深さを見せつける壮絶な物語へと加速していく。ウォルターは、どこで道を間違えたのか? その行為は、何を引き起こしたのか? 結果、彼自身と彼をめぐる人々の運命は、どうなったのか…? その凄惨さ、観る者の胸をえぐるような衝撃を受け止めるには時間を要するだろう。そしてTVだ映画だといった区別ではなく、エンターテインメントの限界を押し広げるという意味で本作が成し遂げたことを咀嚼するには、これまたやはり時間がかかるに違いないのである。「ブレイキング・バッド」は既に多くのクリエイターに多大な影響を与えているが、本作の関係者が成し遂げたことを私たちは今後何年もかけて、さまざまな形でその痕跡を未来のエンタメの中に見ることになるだろう。



脚本、演出、撮影、音楽、そして演技。全ての要素が完璧に合致しなければ、このような作品は成立し得なかった。本作の作り手、放送局AMCのチャレンジングな姿勢と妥協すること無くイメージを具現化する勇気、そして能力の高さは、いくら文字数があっても語り足りないが、中でも特筆すべきは主演のブライアン・クランストンであろう。気弱で自信の無さげな、冴えない高校教師から、無自覚にドラッグ界の重要人物となり、やがて自らの意志で帝王=ハイゼンベルグへと変貌を遂げていく。シーズン2の中盤で、明らかに表情の変化、目の表情の険しさが見てとれるそれは、決して後戻りはできない道に足を踏み入れた男の顔だ。悲劇の怪物=ウォルターはクランストンにとっても一世一代の名演と言えるだろうが、とりわけ最終章は、ひとつひとつの瞬間を思い出すだけでも鳥肌が立つ。

 最近はTVドラマのクオリティが"映画並み"であることを謳う作品が少なくないが、本作はいわばTVドラマの常識を覆し限界に挑みつつ、映画的なカタルシスを備えた究極の"TVシリーズ"である。映画的なランドスケープと視聴者を信頼する間(ま)と余韻、そこにTVドラマならではの時間の積み重ねが加わって初めて、「ブレイキング・バッド」は傑作と成り得たのである。

今 祥枝
映画、海外ドラマライター。海外ミュージカルファン。「BAILA」「eclat/エクラ」等女性誌に映画連載、「日経エンタテインメント!」に海外ドラマ連載ほか。2014年1月より「東洋経済オンライン」で「大人の海外ドラマ」を隔週連載始めました。著書に「海外ドラマ10年史」(日経 BP社)。