THE WIRE/ザ・ワイヤー

あのオバマ大統領も「お気に入り」と公言した傑作シリーズ!
米ケーブル局HBO製作、機能不全を起こした組織とそこに所属する人々の軋轢をえぐり出す、社会人必見の刑事ドラマ

特集

THE WIRE コラム (全3回)

Vol.2 「THE WIRE/ザ・ワイヤー」のもう1つの主役:ボルティモア

麻薬売人たちにも彼らを追う刑事たちにも強烈な個性派キャラが揃っている「THE WIRE/ザ・ワイヤー」だが、彼らの"縄張り"、ボルティモアもこのドラマに無くてはならない重要な舞台としての役割を果たす。

ボルティモアは1797年に誕生したという歴史の長い街で、最初は地理条件に恵まれた漁港として、その後は工業都市として発展したが、1950年にアメリカ第6の都市になったのをピークに1960年代以降は人口が郊外に流出し、その結果、中心部はスラム化が進行。犯罪発生率も高くなり、2005年の殺人件数は269件。これは全米平均の7倍という数字である。2007年には、"アメリカで最も危険な都市ランキング"の12位に就けるという不名誉にも甘んじた。特に、東部地区と、「THE WIRE/ザ・ワイヤー」の舞台になっている西部地区は、主として黒人の低所得者層が住み、麻薬の売買をはじめとする犯罪発生率が高い。

「THE WIRE/ザ・ワイヤー」に登場するボルティモアは、そのような現実をそのまま映す。真っ昼間から、街角に麻薬の売人たちが立ち、どこからともなく現われる麻薬中毒者たちに麻薬を売りさばく。売人たちの多くは高校生ぐらいの年齢の若者たち。彼らの下で働く使い走りには、どう見ても小学生にしか見えない子供たちさえ混じっていたりして、ボルティモアの西部地区が抱える問題の深さを露呈させる。

ボルティモアのこのような好ましくないイメージは、当然ながら市当局には歓迎されていない。前市長のマーティン・オマリーと現市長のシーラ・ディクソンは共に、「THE WIRE/ザ・ワイヤー」や「ホミサイド/殺人捜査課」(「THE WIRE/ザ・ワイヤー」のクリエイター、デヴィッド・サイモン原案)のようなドラマは、ボルティモアにおけるバイオレンスのレベルを誇張しており、自分たちの街にマイナスのイメージを与えるものだとして批判している。

しかし、「THE WIRE/ザ・ワイヤー」で主要な役を務めるボルティモア市警察側は、このドラマはボルティモアの都市部で起こる犯罪を正確に描写しているとして、撮影にも協力的だったらしい。ただし、「ホミサイド」の原作でサイモンが執筆対象にし、その後、「ホミサイド/殺人捜査課」、「THE WIRE/ザ・ワイヤー」両番組でテクニカル・アドバイザーを務めると共に、脇役で出演したゲイリー・ダダリオは、ボルティモア市警察によって引退を強制されたという。その際、ボルティモア警察内で、「THE WIRE/ザ・ワイヤー」に登場するような政治的駆け引きが実際にあったのではないかと想像してしまいたくなるような話である。

【2008年5月 ライター 荻原順子】