あのオバマ大統領も「お気に入り」と公言した傑作シリーズ!
米ケーブル局HBO製作、機能不全を起こした組織とそこに所属する人々の軋轢をえぐり出す、社会人必見の刑事ドラマ
Vol.1 「THE WIRE/ザ・ワイヤー」の気になる男たち
Vol.2 「THE WIRE/ザ・ワイヤー」のもう1つの主役:ボルティモア
Vol.3 字幕が欲しくなる「THE WIRE/ザ・ワイヤー」の台詞
英語を母国語としていない私がアメリカでドラマを観ていると、たまに聴き取れない台詞が出てくることがあるが、普通はそのまま流して観続ける。台詞の1つや2つが解らなくても、話を追うのに支障は無いからだ。
例外は「THE WIRE/ザ・ワイヤー」である。「THE WIRE/ザ・ワイヤー」の脚本には無駄が無い。どの台詞1つを取っても、話の鍵を握る情報が隠されていたり、喋り手のキャラや心理状況、立場を鮮やかに物語っていたり、あるいは辛口のユーモア満載の洒落た名文句だったりして、聞き逃せないものばかりなのである。
問題をさらに困りものにしているのは、たとえ単語やフレーズが聴き取れたとしても、それを意味するところが全く解らない場合が少なくないこと。つまり、一般のスラングを通り越した、ボルティモアのドラッグ・シーンや警察組織の中だけで通じる"ワイヤングリッシュ(Wirenglish)"とでも呼びたくなるような独特な言葉遣いに満ちていて、アメリカで生まれ育ったネイティヴの視聴者でさえ当惑してしまう場面が頻発する結果となる。
例えば、redball=政治的な影響を持ち、かつ注目を集めている事件、re-up=売るための麻薬をもっと仕入れてくること、the game=麻薬の取引、等々、どんな辞書をひいても絶対に出て来ない言葉ばかり。「CSI」など"視聴者に優しい"刑事ものドラマなどでは、登場人物が専門用語などを使うと会話の相手が視聴者にも解るように言い換えてくれたりするものだが、リアリズムを尊重する「THE WIRE/ザ・ワイヤー」では、誰もそんな言い換えなどしない現実の世界に倣って視聴者への説明はない。
この"ワイヤングリッシュ"、特に麻薬売人たちの台詞はおそらく出演者の黒人俳優がアドリブで提供しているのだろうと思い込んでいる視聴者たちも多いに違いないが、実際は、全て、脚本のほとんどを執筆しているクリエイター、デヴィッド・サイモンとエド・バーンズが書いたものなのである。「ミスティック・リバー」の原作者で、サイモンに頼まれて「THE WIRE/ザ・ワイヤー」でも数エピソードの脚本を書いたデニス・ルヘインは、「もろに正統派のストリート・ポエトリー的な台詞が出てきたら、デヴィッドかエドが書いたものなんだ。誇張無しに2006年、2007年あたりの黒人ゲットーの会話においては彼らの右に出る者は居ない。彼らは、この領域では時代の先を行っているんだ」と感嘆する。
「THE WIRE/ザ・ワイヤー」、米国では既に発売済みのDVDで、初回エピソードから英語字幕付きで観直してみるのも良いかもしれない...
【2008年5月 ライター 荻原順子】