ジャン=リュック・ピカード艦長を演じた「
新スタートレック」から、約25年後にスタートしたスピンオフ「
スタートレック:ピカード」で再び主演しているパトリック・スチュワート。 この間に「新スタートレック」関連の映画が4本製作されており、パトリックは4本全部に主演した。そのうち最後の映画版となった『ネメシス/S.T.X』(2002)は、今や大スターとなったある俳優の出世作として知られている。その大スターのオーディション秘話をパトリックが明かしている。
『ネメシス/S.T.X』に出演していた大スターとは、英俳優トム・ハーディのこと。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』や『ヴェノム』シリーズで日本でもファンの多い売れっ子だ。そのトムが『ネメシス/S.T.X』で演じていたのは、ピカードのクローンとして誕生した、シンゾンなるキャラクター。そのシンゾン役オーディションは非常に時間がかかったという。難航したのも無理はない。年齢こそ違えど、シンゾンはピカードと同一人物のようなもの。クローンなのだから、親子以上にそっくりであることが期待されたのだ。
「(シンゾン探しは)大変だった。僕が協力する以前から探していたらしいから、すごく苦労したわけさ」 まずはLA。それからNY。米国内では見つからず、パトリックの母国である英国へシンゾン探しは拡大した。「なんとなく英国人俳優がいいんじゃないかってね。すくなくとも声質は(米国人より英国人の方が)似ているから」 当時、羊のドリーの誕生によりクローン技術が注目されていた時代。それだけにパトリックのクローンを演じる俳優探しには完璧が求められていた。 「ロンドンのエージェントをやってる友人に、『僕の若い頃に見えるような役者はいないか』と聞いてみたんだ。そしたら、トム・ハーディという役者がいるという。僕はその友人を信じていたから、トムにビデオを送ってくれと頼んでもらった」
トムはアフリカで別の作品を撮影中。そのため『ネメシス/S.T.X』の脚本を現地に送り、オーディション用のビデオを撮影してもらったのだ。 「変わったビデオだったよ」とパトリックは苦笑い。「あのビデオで、トムは真っ裸だったなんて言われている。彼はシンゾンのシーンをいくつか演じてくれたけれど、脚本通りには演じていなかった。アドリブを効かせていたのさ」 実はこのオーディションの話は以前からファンの間で知られていたらしい。トム自身も、過去のインタビューで裸になった部分を削除し損ねたことを認めている。
とはいえ、トムのあけっぴろげな演技は、他の候補者と比べ頭一つ抜き出ていたという。 「皆の注目を引いたね。トムは並外れた才能の持ち主だ。とても個性的だった」 トムはまだ20代前半。怖いもの知らずの奇抜なアプローチは成功し、『ネメシス/S.T.X』の大役を射止めた。とはいえ、パトリックとトムのルックスは似ているとは言い難い。「スタートレック」シリーズを手がけてきたメーキャップアーティスト、マイケル・ウェストモアがトムの歯、鼻、あごなどの特殊メイクを担当。百戦錬磨のウェストモアとはいえ、「彼らは根本的に全く違う顔の構造の持ち主」とそっくりに似せることはあきらめたという。
『ネメシス/S.T.X』公開時には、トムがパトリックのクローンとの設定に疑問を感じたファンもいたかもしれない。しかし、「スタートレック」シリーズきっての演技派パトリックのクローンを演じるには、トムほどの才能でなければならなかったのだ。 「スタートレック」シリーズの生み出した、数々の貢献の一つに無名のトム・ハーディの抜擢が数えられることは間違いないだろう。
<「etonline.com」 12月13日>